「おー、おまえらが一番乗りかあ」
「よっ」
ゴール近くで用具の点検をしていた東邦組が振り返る。屈託なく声をかけてきたのは一番の大所帯南葛の石崎だった。新幹線を2本乗り継いで着いたところらしい。
「準備ゴクローさん。あれ、日向はいないのか?」
「俺たちに仕事押し付けてさっそくボール蹴りに行ってる」
ため息混じりに苦笑いする若島津だ。いつものことながら、というわけだ。
「え、向こうで女の子たちが騒いでたの、まさか…」
新田が口をはさむ。さっそくファンが足を運んでいるらしい。が、女の子限定? 南葛の何人かが振り返った。
「きゃー!」
「かっこいい!」
賑やかに集まっているスタンドから遠く声が聞こえる。何をそんなに盛り上がっているのか。日向は一人でドリブルしながらトラックを走り回っているだけなのだが。
「日向さーん!」
「キラキラ!」
向こうからやってきて彼らの前を走り去る。翼が一緒ではないのを本能で感知しているのか、見向きもせずに見る見る背が小さくなっていく。
「え、キラキラ?」
ぽかんと見送った来生がつぶやいた。日向の動きに釣られてスタンドを横に移動していく女の子ファンたちが何に魅了されているのか、イマイチわからない。反町が笑った。
「よーく見てみろよ。あの子達、日向さんのことキラキラを撒き散らしてる王子様とでも思ってんじゃない?」
常に心象的キラキラを発生させている真正の王子様はまだ来ていない。岬は無意識に眉を曇らせていた。
「よく見たら? 物理的にキラキラしてるから」
「はい?」
ちょうど向こう正面で逆光に入った日向の周囲に何やらチラチラキラキラしたものが浮かんでいる。走りに合わせて背後に流れるように。
「換毛期なんだ、そろそろ」
「おいっ!?」
猫を飼っている浦辺と高杉が反射的に叫んだ。それ以外は意味がわからず顔を見合すばかり。
「おーい!」
そこへ北海道組が到着した。なぜか大きな荷物を持って学校の冬服姿だったりする。ちょうどゲートのあたりに差し掛かっていた日向がはるか向こうでそれに気づいて駆け寄っている。挨拶代わりにコブラツイストをかけようとして松山に振り払われたか。
「あーあ。おい反町、ブラシ貸してやれ。制服が台無しだ」
またため息だ。笑い混じりだが。
「換毛期ってまさか」
ひとしきりやりあってから脱出した松山が加藤に付き添われてきた。
「ちきしょう、毛だらけだぜ」
「脱いで来りゃよかったな。俺のにまで飛んできたよ」
加藤も困り顔で服をパタパタ手で払っている。黒地に金の毛がびっしりだ。
「ああ、ウチの学校、今日まで修学旅行でさ、俺たち東京で抜けてこっち来たんだ」
東京千葉鎌倉だったらしい。それでこの姿だったか。
「すみません、お二人とも」
「おまえらのせいじゃないけどな。けど猛獣は繋いどいてくれ」
「猛獣ってか、ただの茶トラだよー」
反町が声をひそめた。さすがに練習場にはブラシは持参していないらしい。
「みんなー」
「あっ、翼くん」
岬が振り返った。待望の到着だ。ちゃっかりと付き添ってきた三杉は無視しながらだが。ぬかりなく調べた到着便を迎えに行って一緒に来たらしい。
「夏の合宿ぶりだね。まだ全員じゃないんだ。あれっ、日向くんは…」
きょろきょろっとしてからグラウンドの日向に気づく。
「あ、いいなあ。俺も」
「先に荷物を置いてからだよ、翼くん。着替えよう」
たしなめる三杉の言葉半分に日向をじっと見つめていた翼が口を開く。
「しばらく見ないうちに日向くん――太ってない?」
ほんの数ヶ月の間に。若島津が笑った。
「違う違う。あれは冬毛だ。今うぶ毛が盛大に抜けて冬用の温かいダブルコートになるとこだから」
「へえ?」
翼はぽかんとその姿を見守っていた。
「髪とか変わらないのに、神秘だねえ。でも日向くん1年じゅう温かいけど?」
「え?」
岬の目が見開かれた。
「ちょっと待って。それどういう意味?」
翼の足は速かった。向こうではキラキラと王子様オーラを背後に撒き散らしながら、のんきな虎が一人自主トレを続けていた。
end
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