「おう、居残りか?」
「おまえらこそ何だ。そんなとこで」
いきなり呼びかけられて、日向は声の方向に目を向けた。そこには木の枝を数本抱えてこちらを愉快そうに見ている石崎と高杉がいた。練習用ユニフォームのままで。
「ちょっとな、グラウンドキーパーさんに声かけられてよ。手伝ってたんだ」
なんでもピッチ脇の木の枝が折れかけていて危険だからと今手を借りに走っているそうだ。
「しかしおまえでも居残りするんだな」
ボールを脇に抱えている日向を見て、石崎は屈託なく言った。高杉のほうはその遠慮のなさにおろおろしている。
「そりゃどういう意味だ」
「いや、あんなシュートを打つ奴でも試合前日に律儀に練習すんだなって。今さらってーか」
「やりたいからやってるだけで義理でもねえがな」
日向は足を止めた。
「俺なんてここ1年以上得点なしだからなあ」
「何だ、ディフェンスだからって遠慮せずに点狙っていいんだぞ」
日向は特に気を悪くすることもなく振り返る。
石崎は頭を掻いた。
「そうは言っても日向とじゃ次元が違いすぎてよお」
彼ら以外誰もいない無人のゴール。持っていたボールをこちらへ投げる。蹴ってみろという意味らしい。
少しためらいつつ狙ったシュートは、一応ワクには飛んだが。
「もっと体重かけて振り抜くんだな。あと最後の踏み込みはもっと大きく」
石崎は目を丸くした。まさかアドバイスをもらえるとは。
「これでダメならガオーとでも叫べ」
「おい」
ラインのこちらで高杉がよろりと。
たった1本のシュートにつきあっただけで今度こそ立ち去っていく。ただ見送るだけの石崎だった。
さて翌日の国際マッチ。
2点をリードした後半ももう終盤。
ボールは中盤ゾーンで奪い合いになっていた。
「あっ、まずい」
混戦からこぼれたボールがライン方向に転がった。スタジアムがどっと沸く。
「石崎くん!」
ちょうど走りこんでいたところにこぼれたものだから、石崎本人もびっくりしたようにゴール方向に顔を上げた。
向こうで翼の声が弾ける。
「すごいっ!」
「ありゃ…?」
ネットを突き破ったボールがゴール裏に達して止まる。
シュートした本人がぽかんとした。
相手キーパーがすぐにボールを拾いに走った。ネットはサイドネット。もちろんゴールにはならない。
フィードされたボールを反転して追いかけながら、翼は石崎の肩に飛びついて笑顔になった。
「惜しかったねえ! びっくりだよ!」
「ま、まあな」
石崎は首をすくめた。追い越しながら仲間が背中をたたいていく。まるで得点したかのような騒ぎである。
「なんだ、あの威力」
「マグレやろ」
「だとしても信じられねえ」
いささか手荒な扱いを受けながら、ちらちら目で探した相手は反対のサイドにいた。目が合うとニヤリと小さく親指を立てる。そして口が動いた。
「ガオー」
それに合わせてもう一度小さく口の中でつぶやく。
「え、何?」
翼が振り返ったが、石崎はいや何でもと言いながら足元の芝に目を落とした。高杉が呆れた目を向けているのには気づいていない。
「なんだか不穏な波動を感じるんだが」
「奇遇だね。ボクもだよ」
微妙な距離をとりながらそんな会話があったようななかったような。
「どうせロクなことじゃないよ。忘れよう」
タイムアップの笛はもうまもなくだった。
end
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