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「遅いんだ、判断が!」
 夕暮れのフィールドに厳しい声が響いた。
「相手の裏を取らないと。ボールが出る時に考えるのでは手遅れだ。トップスピードで受け渡しができなければ置き去りにはできないよ!」
 左ライン上でボールを足で押さえた翼が振り返って三杉を見る。
「沢田、今のパスでは相手のマークに追いつかれてしまう。もうワンテンポ、ツーテンポ早くだ」
「で、でも…」
 サークル近くで声が上がる。井沢だ。
「岬がその先にいればワンツーも…」
「それでは甘いね」
 三杉は首を振った。
「パスに躊躇があると岬くんの飛び出しも一瞬の隙が出る。それに合わせて翼くんのスピードもわずかに抑えられていた、今も。違うかい」
「――ええと、確かに」
 岬がその指摘に唇を噛む。汗が落ちた。
「昨日も言ってあったね。今日の練習初めにも繰り返し言ったはずだ。動いてから判断では無駄が出るんだと」
「う…」
 誰もが反論を飲み込む。ポジション別練習のあと集められた面々はさっきから繰り返し中盤の組み立てで動きを厳しくチェックされているのだ。
「同じことを何度も言わせないでくれ。僕が言ってるのは単純に…」
 容赦のない叱咤がさらに続こうとしたその時、背後から声が聞こえた。夕陽を背に遠く向こうから駆けて来たのは。
「おーい、三杉! 何やってんだー?」
「松山」
 手に持った小さいポリ袋を振り回しながら松山が息を切らせて近寄る。
「おまえらまだ居残りやってたのか? ほら、アイス買ってきたから食おうぜ」
 他の面々はそれぞれの位置でぽかんとする。
「ああ、すまないね。僕の分まであるのかい?」
「へへっ」
 松山はごそごそと袋の中を探って笑った。
「俺と半分こな。ほれ」
 取り出した○ピコの袋を破いて中身を半分に分ける。分けてぬっと差し出したそれを三杉の頬にぴとっと当てて、瞬間のけぞった三杉の反応に嬉しそうな声をあげる。
「な、やめてくれ」
「はははー、よく固まってるだろ」
 三杉が受け取ったと同時に反転して走っていく。三杉も笑いながらそれを追った。
「よくもやったね」
「――あのう」
 残されたメンバーに何ができただろうか。笑っていた三杉はちらっと振り返って、
「じゃ、あとは明日」
とだけ言うと楽しそうにじゃれあいながら逆光の中、遠くなっていった。
「みんなの前で、あんなこと!」
 ライン際の翼はうつむいてウェアの裾をぎゅっと握った。そしてわなわなと震え始める。
「つ、翼くん」
 岬がこちらに近づこうとした。
「…俺も食べたくなっちゃったよぉーっ!」
 グラウンド向かいのコンビニに猛スピードで駆けて行こうとする翼に、岬もあせって追いすがる。
「翼くん! 僕にも半分ちょうだいねっ」
「はあ…」
 日は落ちてもまだまだ熱気の残る中、とぼとぼクラブハウスに向かう彼らの影は疲労に長く伸びていたという。



end
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