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「もう提出したか?」
「俺は出した」
 3年レギュラーの間で目下の話題は卒業後のコースだった。
 国立理系・私立理系、国立文系・私立文系の4つに分けたコースが高等部入学時に用意される。クラス分けもそれに合わせられるのだ。
「高島は当然国立理系だよな。私立理系は川辺と反町、と。俺を入れて理系は4人きりか。少ないな」
 松木が手帳を広げながら苦笑した。あまり笑わない男だから緊張する。
「サッカーに理系も文系もあるか」
 日向の感想は単純だった。松木も予想していたようだが。彼だけは特待生として大学部4年間までが保障されている。当然外部進学はない。ただ全員がそうかというと、事情は複雑だ。
「まあ高等部の間はサッカーです。問題はその後。気が変わるとも事情が変わるとも確証はありませんから」
 3年生がそれぞれにナーバスにならざるを得ないのはそこだった。
「文転は俺だけか」
 メモを見ながらひょろっと高い今井が言う。中等部は理系と文系の2つに大きく分類されているだけだったから垣根は大きくないのだが。
「志保ちゃんは?」
「知らん」
 今井の言うところの幼馴染はこの秋、変に周辺が騒がしい。夏の選手権で優勝する前には「なでしこ流鏑馬」でも顔を知られるようになっているのだ。
「あんなどこにでもいるような普通のヤツなのに」
「弓道補正、かもな?」
 ほぼ全員が、今井の逆補正、と心の中で突っ込んでいた。
「改めて見るとでかいなー」
 メイングラウンドと体育館群の間にそのケヤキはある。東邦の長くはない歴史の中で一番の古株だった。
 東邦学園は宗教系ではない。だから設立された当時からその手の施設はない。しかし学校関係者たちは失念していた。運動部が多いということは、自然と需要が生まれるものなのだ。神頼みという。
「一本ケヤキ様」
 男女弓道部が揃って、秋の大会に向けてのおまじないと称する神頼みに集まっていた。厳かに和弓と矢が三宝に乗せられて根元に置かれる。水が撒かれ、あとは全員で思い思いに手を合わせる。それだけだ。
 何の根拠もない、自然発生的な「信仰」がいつしか生まれていたのだ。験担ぎ。それ以上でもそれ以下でもない。でもそれで心が落ち着けばそれでいいじゃないか、というわけである。
「弓道って変にサマになるからいいよな。サッカー部なんて」
 それに付き合ってきていた今井がつぶやく。二木橋志保が笑った。
「でもやるんでしょ?」
「まあな。拝むだけだけど」
 大会前には自然に。そして今年の夏、全国優勝を果たした。2校同時優勝ではあるが。
 拝んだ後はなぜかパシャパシャと撮影会になる。スマホをかざす女子部員たちの。今井もなぜか加わる羽目になる。
 バシッ。
 1本の矢が幹に当たった。今井の体をかすめて。
「おい、ふざけんな」
「大丈夫。練習用の矢だから刺さらない」
 次々飛んで、何本かは体に当たる。
「そういう問題か?」
「ひろしは体がデカイから狙いがいあるしー」
 全日本女子チャンピオンの志保は弓を手にニシシ、と笑った。
「本物もたまに混じってたりしてー」
「おい、コワイこと言うなよ」
 命がけのじゃれあいである。
「奈良の専門校に誘われてんだって?」
 高校進学を機に。志保は振り返ってきょとんとした。
「ああ、断ったよ? 私はばりばり東邦生」
「そうなんだ」
 ぱらぱらとケヤキから人影が散っていく。
 本物の矢はうたない。まだ。
 鼻歌交じりに歩く。
「そうだ、金魚、元気?」
 青春はむずがゆい。中3は秋の半ばのことだった。




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