北海の荒鷲と呼ばれた男。
松山はなぜか動物になつかれやすい。
「チチチ、チチ」
と小鳥が数羽舞い降りてきたのは練習途中の休憩中。弥生手作りのサンドイッチを広げている時だった。
「おっ?」
肩に小さな動きを感じたのか、紙コップを手にちらっと横に目を動かす。
「あんまり食べこぼしをするからだよ」
僕の冗談にもきょとんとしているだけだったが。
ロードワークに出ても、住宅街を抜けるあたりでいつのまにか足元に近所の犬がまとわりついてきたりする。
「たすけてー、三杉」
一匹と言わず次々に増える犬たち。走る松山に喜んでしまって、わうわうと飛びついたりぐるぐる回ったり。どうすればいいのやら。
またある時は、紅白戦をしていた夕方のグラウンドでコウモリに張り付かれたことさえある。顔を直撃したその光景にはチームの仲間も戦慄したものだ。
だがそのくらいなら何ということはない。
合宿所に現われた彼を見てぱっと明るい表情を見せたのは翼くんだった。
「わーい」
いきなり駆けて来て飛びつく。
「松山くん、ひさしぶりー!」
「おまえも元気そうだな」
受け止めて、松山も嬉しそうだ。タカとの遭遇だ。
「よう、相変わらずマヌケ面してんじゃねーか」
いきなり後ろからつかまえてぐいぐいと締め上げる猛虎とか。
「よせっ、バカ」
力任せに振り払っている。
かと思えば無遠慮にくっついてくるハヤブサ。
「松山さーん、またウラベ先輩のモノマネやってくれよ」
「ははは」
このあたりになると松山も持て余し気味だ。
「どうだ?」
さわさわと手が伸びて全体重をかけたベアーハグが仕掛けられる。
「少しは筋肉つけたか?」
「や、やめろ」
クマの襲来にみしみしと嫌な音が聞こえるようだ。
僕の眼前で繰り広げられるそんな動物たちの戯れ。いかに許しがたい行為でも僕にはどうしようもない。
あるいはドイツとの試合当日。
松山の頭上に巨大な影が落ちる。
「マツヤマ…」
「…」
さすがに松山も固まる。イェティ、もとい鋼鉄の巨人が松山の前に立ちはだかった。
「うわー、はなせー」
ただのハグの挨拶もこうなると凶器だ。体が宙に浮く。助けに行ったほうがよかっただろうか。
「ミューラー、次は俺だ」
別の意味で危険人物が横から口を出している。松山はすでに表情さえ見えないが、声にならない悲鳴が聞こえていた。
なぜこんなにも愛されるのか。
僕がどんなに忸怩たる思いをしていたとしても。どうやらいつのまにか意識が遠のいていたようだ。
「三杉くん」
遠くで誰かが声を上げている。いやそれともすぐ隣で。
「あまり私物化しちゃいけないよ?」
僕は不機嫌になった。
END
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