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 実は東邦学園サッカー部には秘密があった。
 本人たちも気づいていない秘密が。
「はーい、用具片した順にあがってねー」
「お疲れさまーっしたー」
 声がハモる。女子バレー部の練習もこれで終わる。
「ねえ、サブちゃん」
 3年の先輩アタッカーから声が掛けられる。部の中でも飛びぬけてひょろりと上背のある選手だった。
「サッカー部のアレ、まだ手に入るかな」
「ああっと。たぶん」
 サブちゃんこと2年の湖東三津は目をキョドらせた。なおサブちゃんというニックネームは彼女がサーブのスペシャリストだからである。
『来たれ、サッカー部へ』と書かれた勧誘ポスター。これが2学期に入ってもまだプレミアがついているのだ。
 そうでなくてもサッカー部はこの東邦では名門である。部員数も100人に迫る。他の多くの優秀な部よりももともと飛び抜けて人気が高いのだが、去年くらいからその人気が爆高になった。エースストライカーの日向の存在がその原因だ。1年生の時から上級生と肩を並べて活躍していた彼は、2年に上がる時の勧誘ポスターで前列の位置を取り、密かに話題を呼んだのだが、それが今年、ついに最上級生となってセンターに立ったのだ。
 まるで特撮の戦隊だと言われた構図。ザザッと並んだポーズを決める黒き鎧のごとき姿は、まさに『日向小次郎とその軍団』だった。
 普通に廊下などに他の部のものと一緒に貼られるはずだった新入生勧誘ポスターは、その新1年生の入学前に消えた。こっそり剥がす生徒が続出したからだ。
 急遽ポスターは印刷し直しとなったが、その後も重版をさらに重ねる事態となった。硬派エリートの集団。そのイメージは鉄板となった。連続準優勝の悲劇性もあいまって。
 それが今夏の全国優勝だ。盛り上がりはストップ高となった。当然もう貼られていない勧誘ポスターは闇市場へと。
「制服でいる普段の時とのイメージの差がね。違っててまたいいのよねえ」
 教室では気さくな同級生、のはずだが、エリートはエリート。どうしてもどこかで壁ができてしまう。
 しかし問題は当のサッカー部レギュラーがそのことにあまり自覚がなかったことだ。勧誘ポスターが人気だったことは知っていたが、クラスで見えない溝があったことまでは知らなかった。自分では「目立たない一般の生徒」のつもりなのだ。
 だから連休過ぎのある夕闇の廊下で、背の高い彼女が背中を丸めてカリカリと必死にポスターを剥がそうとしていたのに目を止めた川辺が、手伝おうか?と声をかけたのも別にびっくりさせようとしたわけではない。純粋に親切心だった。
 だが川辺は練習帰りだった。例の黒いユニフォームを着たままだった。びくっと振り返ってその瞬間彼女が凍りついたわけをイマイチ理解していなかった。
「そのポスターなら部室にまだあるけど。無理に剥がさなくても」
 淡々とそう言った川辺に、乙女心がどう作用したのか今もってわからないが、川辺自身も世間のそういう目に疎いままだったからいい勝負だ。
 バレー部の彼女とサッカー部のレギュラーはこうして出会った。バレると碌なことはなさそうなので、今もって内緒だが。
「明日、女子バレー試合らしいぜー」
「へえ? 何時から?」
 反町と高島が着替えつつのんびり会話をしているのを部室のこちら側で耳にしながら、なら応援に行くか、と川辺は考えていた。
 プレミアのついた勧誘ポスター。その価値を日向は知らない。他の部員たちもあまり興味がない。お宝なのに。
「4時からだよー。第3体育館だってさ」
「ふーん」
 なぜか他の部員もハモっている。こいつら、一度も来たことないのに。
 硬派エリート軍団。リア充なのは1.5人だけだった。



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