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「面倒かもですけどお願いします」
 1年生の沢田健が封書を数通差し出した。サッカーにおいてはタケシ、で登録されている彼だが、学籍簿では戸籍通りの表記だ。
 若島津はそれを見下ろし、のろのろ受け取った。
「ほんと面倒だ」
 東邦学園中等部の校舎は学年別になっている。1年が3階、2年が2階、3年が1階である。沢田はわざわざ遠征してきたのだ。
「部活の時でいいのに」
「それだと月曜になっちゃうので」
 沢田は申し訳なさそうだ。
「またか」
 同じクラスの島野がにやにやしている。若島津の仏頂面は変わらないが。
「俺にどうしろと」
「どうしろって決まってるだろ」
 沢田に礼を言って手を振る。島野のほうが。今日は彼が1、2年生の指導担当だ。
「お祓い」
「まったく」
 憂鬱な目で、若島津は机の上の数通に目をやった。
「俺をなんだと思ってる。そんな力はないぞ」
「1年の子はまだこんなの流行ってるんだ。付き合ってやれよ」
 チェーンメール。不幸の手紙。そういうのを笑い飛ばせない年頃なのだ。ごくたまに2年生も持ち込むがさすがに3年ともなるとゼロだ。
「来年は高等部にまで押し掛けそうだな」
「やめてくれ」
 来年の新一年生まで加わると思うとウンザリな若島津だった。
 確かに何をするわけでもない。受け取っておいて胸におさめる、という名目で捨てるだけだ。
「なんか厄を代わりにしょい込む気分になる」
「おまえでも?」
 風貌のせいか何のせいか、変に頼られるようになっているのだ。
「なんもしないんだろ? 読むわけでもない」
「もちろん」
 若島津は無言で手紙の束を握って廊下に出た。行き先は焼却炉だ。
「あっ、若島津くんだ」
「きゃー」
 女の子たちの声が上がる。
「今度ね、スポーツ推薦受けるの」
「私、日曜が試合で」
 ばんばんと背中や肩をどやしてきゃあきゃあと走り去っていく。
「おー、女の子たちに人気だねー、若島津。うらやましー」
 通り過ぎる隣の教室の窓越しにへらへらと反町がはやしたてる。
「黙れ」
 と言っている間にも正面に男子生徒が立った。真剣な顔で二の腕をつかまれる。
「右腕の力が落ち気味なんだ」
 ソフトテニス部の選手だ。
「個人戦に弱くてさ」
 続いては男子新体操部だ。勝手に握手をして去っていく。
「ひゅー、オトコにも人気。さーすがー」
 焼却炉から戻ったら殴ることを決意する。
「ちょっとちょっと、若島津」
 廊下の端の第2教官室の前に年配の教諭が立っていた。
「すまんが腰のこのへんがだな…」
「先生まで、なんです!」
 むしろ古傷で困っているのはこっちだ、と腹の中でぼやきながら、花道ならぬ1階の廊下を歩いて行く。
 いろいろと、そういろいろと当てにされている若島津だった。
「あー待ってー、今度タカラクジ買うんだあ」
「ネットガチャ~」
 青春は人気者。中学3年の秋も過ぎ行く頃だった。


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