スパイクをはいた足音が近づいて頭の脇で止まった。
「おい」
しばらくの間をおいてじれたような低い声。
すぐに返事があった。
「眠ってないよ」
「わかってる。もう灯を落とすらしいぞ」
だからいい加減に引き上げろと。
しかし返ってきたのは沈黙だった。
ざくっと乱暴に一歩が踏み出される。
瞬時に目が開いた。
「踏まないで」
「フン、踏まねえよ。蹴っ飛ばしてやる」
「そっちのほうがひどいよ。君のキック力なら」
「いいから起きろって。こうしてたってこの気分が風で吹き飛ばされてったりはしねえんだから」
「じゃあやっぱり蹴っ飛ばしてもらおうかな」
小さなつぶやき。それから反動をつけて身を起こした。
思い切り遠くまで、と続きかけた言葉は途中で消える。
ピッチの向こう。見えない暗がりのもっと向こうを見つめる目。
あの時あと一歩が出ていれば。
飛び込むタイミングがもう1秒早ければ。
キリのない選択肢の残骸が心の中に蓄積されていく。後悔という残骸が。
「……聞こえる。次のキックオフの笛しか俺を次に進めてくれない」
「おまえだけじゃないさ」
人は喜びの瞬間だけでは動けない。悔しさが人を動かすこともある。
アディショナルタイムの最後の一瞬にゴールに吸い込まれていったボール。
グループリーグの一戦は次の瞬間に響いたホイッスルによって勝ち点3から1へと変わって終わった。残るは1試合。同時刻キックオフの2試合はその結果で勝ち抜けを決する。
「順位はどうだっていいんだ。俺が、俺自身が自分の本気を納得できるかどうかだけ…」
「全部勝たないと納得しねえんだろ」
決戦の後の芝にゆっくりと立ち上がる。
もう一度ピッチの奥を見渡して沈黙。それから振り返って厳しい表情を見せる。
「勝とう」
シンプルな一言。
目が合う。2本の手が顔に伸ばされていきなり頬を右と左に乱暴に引っ張った。
「い、いたたた」
「今さらだ」
おまえは笑ってろ。
言わずもがなだった。
end
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