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 石崎は棒立ちになった。完全に固まる。
「おい、エイプリルフールはとっくに済んでんぞ!」
 笑いに持って行こうとしたが語尾はおぼつかない。足元も震えている。



「なんで俺に海外のクラブから移籍の話が来るんだーー!」
 自他共に認めるポンコツ。
 そのはずだった。




ナサケモノ





「うん、俺が話したんだ」
 隠し立てすることもなく翼は明かした。国際電話の電話口で。
「でも、移籍の話はその前からあったから俺のせいじゃないよ。どんな選手だって聞かれて説明しただけ」
「…」
 そう聞かされた修哲組は頭を抱えた。
「またあの過大評価か」
「むしろ詐欺トークに近いんじゃ…」
 滝がもごもごと言う。
 この世界中でただ一人石崎を厚遇する男、大空翼。その頑ななまでの身内びいきは、かの岬相手への信頼度にさえ匹敵するというから恐ろしい。
「まああれは技能を評価するというより、人格に依存しているところがあるからね」
 その当の岬は少し後になって彼らの動揺っぷりにコメントした。
「いやそこまではっきり言わなくても」
 彼らが所属していた南葛高ではキャプテンだった彼だ。
「誰一人共感する仲間がいなかった中で、一番に親しくなれた相手だったしね」
「だとしても!」
 タブレットの画面に目をやって岬はスクロールしてみせた。チームのスタッツ画面が表示される。
「今の代表でも彼の役割は軽視できない。センターバックの次籐を中心に固めた高杉と三杉くんのラインを底に、ビルドアップを狙う左右のサイドバックは松山と早田が自在に上下動を繰り返してスペースを作り上げるのはもちろん、彼ら自身もミドルからでもゴールを狙えるロングボールがある。ディフェンスラインは相手の攻撃をつぶすより前に、計算した動きで相手の攻撃をいち早く囲んでしまう意地悪い罠がしかけられてるしね」
 ことディフェンスに関しては、あえて伏せた主語に岬の個人的見解があるようだ。
「そこに石崎くんの存在が生きる。その綿密な計算をあえて無視する動きをここに入れることで、計算どおりのビルドアップが計算できないものへと常に変わりうるんだ。一対一のデュエルに強いわけでも足元が器用なわけでもないことが逆に強みになる。型通りの守備をする一方で、どこで出るか予測不能な動きが交じる。『敵を欺くにはまず味方から。味方を欺いてこそ敵も』的な自由さになってジョーカーの役を担うことになる」
 何を言ってるんだ。
「つまりは――あいつが型破りにプレーすることこそが鍵だと」
「またはノープランで」
 井沢の頭痛がじわじわと。
「それって」
 来生が気の毒そうにそんな井沢の肩に手を置いた。
「うちの代表やJのチームではなんとか生かせても、海外のクラブだと無理じゃね?」
「そこなんだよね」
 ため息が出る。
「翼くんが何を考えてうちの切り札をあえて海外におおっぴらにしようとするのか…」
「確かに」
 ポンコツということにしておけば最終兵器にさえなる存在。



「え、だっておもしろいだろ」
 あとで折り返しの国際電話をした岬に告げられたのは、衝撃の言葉だった。
 ――それだけ?
 なお、移籍の話は内外で波紋を呼んだが、身重の奥さんが子供は双子だったことを知らせたことであっさりと消し飛んだのだった。




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