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 そこに、ポメラニアンが現われた。
 そして威嚇した。なじんだホームグラウンドのような態度で。
「お仲間だと思ってるみたいだぜ」
 滝が言った。笑い転げながら。
「やめてやれよ」
 井沢が横から言った。口元は笑いをこらえてひくひくしてる。こいつら!
 俺たちが集まってたのは井沢の部屋だった。本堂のほうから騒ぐ声がする。
「親戚が集まってるんだ。親戚の誰かが連れてきたんだろ」
「宴会?」
「そう。オヤジは飲まないけどうちの血筋は酒好きが多いらしくて」
「お前もか」
 井沢はちょっと睨んだ。
「あれはオレへのあてつけのつもりだろ。妹に継がせる祝いだってよ」
「じょしこーせーに?」
 滝はポメラニアンをつかまえて膝の上で踊らせたりなんかしている。なんで俺を睨むんだよ。睨むなら滝だろ。
「さあ? 今から縁談の話とか集めてるらしいがオレは知らん」
「ひえ~、気が早い」
 1学年下の井沢の妹はまだ結婚だのなんだのに関心はないらしいが、それにつけこんで大人たちがあれこれ動いてるそうだ。汚ねー。
「けどどうすんだ、井沢。親が援助しないとなると。やってける?」
「まあな」
 俺が尋ねるとさすがに井沢は難しい顔になった。
「学費は出してくれた。1年目だけは。あとは自分でなんとかしろ、だって。まあバイト生活だな」
 仏教系だと信じていた井沢の父親は合格したのが国立の法学部だと知って激怒した。そのあとどう話が進んだのかは知らないが、まあ決裂、なのは確かだった。
「俺は気楽に行くさ。私立だし」
 滝は名古屋の私大だ。早いうちに進路を決めてブレなかったのはエライ。
「いいよな、おまえら。進む道が決まってるだけ。俺なんて全然先が見えねー」
 俺がぼやくと滝は犬と遊ぶ手を止めた。ポメラニアンは滝のまわりをぐるぐる走り回り始める。
「なに言ってんだ。若社長一直線だろ?」
「やめろよ、みんなそれで呼ぶから困るんだ。まだどうするとも決めてないのに」
 そう、俺は揺れていた。すぐにうちの会社に入って武者修行するか、出向コースか。
 古手の社員なんかはさも当然のようにそう呼ぶが、長男だから当たり前の席につくなんて思わないでほしい。とっとと結婚しちまった姉貴は「あんたの代で潰れたってたいしたことない会社なんだから気楽にやりな」なんて言ってるが、気楽なのはそっちだよ。
「まあまあ、いきさつはともあれ、めでたい門出なんだ。盛り上がろうぜ」
 滝が声を張り上げた。門出と言うか、別れと言うか。井沢は明日家を出るし、滝も1週間以内に引っ越す。
 小学校からずっと一緒だった俺たちはこれで別れる。井沢なんか南葛にさえ戻らないっていうから、まさかこれが最後?
「しんみりしない! さ、こっちも乾杯だ」
 勝手に人数分のグラスにコーラを入れて滝は俺に渡した。 
 東京と名古屋と南葛。遠いな。
 俺たちは乾杯した。走り回っていたポメラニアンは足を止め、座敷に座る。
「遠吠えして、いいか?」
 お仲間らしいから顔を向けて尋ねる。
「撤収だーっ」
 俺たちの11年間は終わった。でも、この犬、結局誰んだ?



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