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 日向小次郎14才。あと2日で15才になる。
 セルゲイは感慨をもって夏の強火に炙られる町並みを眺めていた。
 今年は直接声をかけることが許された。ガチャ大当たりだ。
 なんて言おう。何を言えばいい。何でもいいとセルゲイは思った。声をかけることが大事なのだ。
 やあ。暑いね。駅に行く道はどっちかな。これ、あなたのですか。
 名乗ることはしない。禁止はされていないが意味もないことだから。あいつが元気にやっている、それが一番大事だから。
 おお、来た。弟の帽子が風に飛んで、それを追って来た。兄弟で映画に行ったのか。その帰りらしい。
「これ、君の?」
「あ、すみません」
 駆け足で近づいて、それがゆっくりになった。日に焼けた顔が、逆光だ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 それだけの会話だ。でも胸が絞られる。温かく、満たされて。
 拾った帽子を手渡す瞬間、もう一度顔をじっくり見る。
 礼を言いながらもむすっと仏頂面。歯さえ見せない。でもそれでいい。その年頃はそんなもんだ。
 大きくなったな、小次郎。
 立派に、勝負師の顔だ。
 私は知っている。私のせいで、おまえはしなくてもいい苦労をした。歳に合わない顔をさせた。でもそれを経て、おまえはおまえの責任を刻んだ姿になった。
 ありがとう。それを言うのはこちらだ。
 離れていく背中を見つめる。また、会える日があるだろう。
 風が淀む。一日はやがてゆっくり暮れていく。ふと見ると、道端にもう一人姿があった。
「こんにちは」
 おや、君は? ああ、知っているよ。直接会ったことはなかったが、あのあと小次郎と出会ったんだったね。私の代わりみたいに、いつもそれとなく傍にいてくれた。
 え、一緒に行かなくていいのかい? 急がなくても。
「いいんです。ここで別れるところでしたから」
 手を差し伸べられて、知らず握手を交わしてしまっていた。君は、どうして私がわかった?
「来年も、来てくれますね?」
「それはどうだろう。来るには来るが、会えるとは限らなくてね」
「そうなんですか」
 独り言のように、声が低くなった。そこで大変なことを思い出す。
「しまった。祝いの言葉を忘れていた。優勝おめでとうと」
「いえ」
 彼は静かに笑った。
「それはいいですよ。あの人はもう見てません。この先を見てますから」
 そうか。それならそれでいいか。
 そうして去った彼を見送って、私は最後の日の日没を待つ。
 お盆最後の日。これでまた1年お別れだ。
 もう一度、懐かしい町を眺め渡し、セルゲイは微笑んだ。


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