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 シュナイダーがハンブルクに帰ってきた。
 クラブに出戻っただけではない。両親も一緒にかつての家に戻り、マリーも寄宿生から通学生に切り替えた。こうして一家4人がようやく共に暮らす日々が戻ってきたのだ。
 めでたい。
 確かにそれはめでたい。
 でもなぜ俺はここにいるのだろう。
 シュナイダーのヤツはやたら俺を家に誘うようになった。家族水入らずの生活を見せつけたいわけではないだろう。逆に俺が家族と暮らしたことがないのを憐れんでいるわけもない。
 俺は確かに小学に入るかそこらの頃から家族とは離れて暮らしていた。ドイツに来てからは最初こそ見上さんと同居していたもののすぐに一人暮らしになって、それ以来ずっと一人だ。当たり前すぎて、何の違和感もない。不幸ないきさつに振り回されて家族が崩壊していった過去のシュナイダー家とはまったく事情が違う。
「ねえねえ、ゲンゾー、あの人日本人でしょ?」
 テレビのニュースに見入っていたマリーが大きな声をあげて振り返ってくる。ここはシュナイダー家の居間だ。台所からシュナイダーがマグカップを2つ持って現われたところだった。
 今夜シュナイダーの両親はクラブのなんやらの集まりで遅くなるそうだ。晩メシは母親が用意して行ったからと言ってなぜか俺も呼ばれた。3人で食べ終わったところだ。
「あの服装ってキモノ?」
「ああ、そうだな」
 画面をチラ見して俺は答えた。確か半世紀ぶりの和服での授賞式だと言ってたな。
「どうして男の人がプリーツスカートのドレスなの? 奥さんはキモノのロングドレスなのに。スコットランドの服みたいね」
「プ、プリーツスカート!」
 俺は含んだコーヒーを吹くところだった。
「あれはスカートじゃない! ウ~ンと超幅広のパンツだ。日本の伝統的な正装だよ。女の服じゃない」
「そうなの?」
「正装?」
 シュナイダーもコーヒーを手にソファーに掛ける。口に出さなかっただけでマリーと同じことを考えてたな?
「じゃあおまえも着るのか、あの…服」
「着ないよ。てか、着る機会もない。あれは余程の格式の時でもないとな。ノーベル賞とかエンペラーに会うとか」
「エンペラー!」
 マリーは飛び跳ねた。
「じゃあお年寄りだけ? 若い人は着ない?」
「い、いや。歳は関係ない。着たければ着るヤツもいる。正月とか、あと成人式や卒業式か」
「へ~」
 マリーが目を輝かせる。なぜかシュナイダーも。どうした、兄妹揃って。
「俺は着ないって言ったろ。第一持ってない」
「そうか、それは残念だ」
 シュナイダーの目がなぜか妖しく光った。と感じたのは何だったのか。ヤツはのんびりまた画面に目を戻し、壇上でスピーチをしている老博士に関心を戻したようだった。
「おい! シュナイダー! どういう真似だ、これは!」
 それから数週間後の午後、俺はまたもシュナイダー家の居間にいた。親父さんは一足先におふくろさんと会場に向かった後で、俺とシュナイダーも表彰式の準備をこの家で急いでいた。
 そう、表彰式だ。夕方から有名ホテルで行なわれるブンデスリーガのアニュアルアワード各賞の授与、そいつに今年から新設された最優秀防御率賞とかナントカに俺が決まったらしい。シュナイダーのヤツ、おやじさんの内部情報で早くからそれを知ってたんだと。
 そして、こともあろうに日本の俺の家に連絡して送らせたのがこいつだ! 兄貴たちが面白がって祖父さんの一揃いを寄越しやがった。
「ネットなら簡単に新しく買えたんだが、家紋? あれがドイツの○ーベイや○マゾンでは難しくてな。だったら本物が一番手っ取り早いと」
「変なとこに凝るな!」
 ああ、そうだった。こいつも日本人以上に日本の歴史の探求に熱心な典型的ドイツ人の一人だった。
「ゲンゾー、すごいすごい」
 ドアの隙間から遠慮なく覗いてマリーが手をたたく。
「それカタナでしょ? 切れるの? ゲンゾーもサムライの技使える?」
「…これはただの装飾だ」
 がっくりと頭を垂れる。出張着付け師の女性がクスクス笑っていた。
「お嬢ちゃん、もう入っても大丈夫ですよ。どうぞごらんになって?」
 日系の女性は小物など片付けながらマリーに声をかけた。待ちきれず飛び込んできたマリーと並んでシュナイダーまでが熱心に顔を近づける。
「素晴らしいお品ですねえ。今はなかなかないですよ、これほどのものは。この御紋、もしかして駿府のゆかりの」
「いやその、俺は知らないんで」
 これでは授賞式の前に力尽きそうだ。七五三か。
 こうして俺たち二人はマリーに手を振って会場へのタクシーに乗った。ヤツは自分だけあっさりブラックスーツを着て平然としている。
「いいのか、マリーを一人で残したりして」
「大丈夫だ。あれで歳のわりにちゃんとしてる。数時間なら問題ない」
 そうかなあ。
「それにおまえと二人きりにするよりはるかに安心だ」
「な、なんだとー! 人を犯罪者みたいに言うな。だったら俺をやたら自分ちに呼ぶなんて真似は…」
 俺ははたと気づいた。シュナイダーは座席でちらと視線を寄越す。
「まさか、おまえ」
「気づいたか」
 シュナイダーは目で笑った。
「おまえは常に俺の監視下だ。マリーに悪さはさせん」
「だから俺にこんな悪目立ちさせたのか! 無駄だぞ。表彰式だけなんだからな」
「イメージというのは強いからな。おまえは無名の頃からドイツにいたからそれが最小限ですんでたんだ」
「なんだ、何が言いたい」
「これでおまえもめでたく全国指名手配だ。サムライかニンジャかはともかく」
「なんだと!」
 俺はカッとなった。シュナイダーにつかみかかる。
「お客さんがた、ケ、ケンカはおやめください! 着きましたからっ」
 運転手に迷惑は掛けられない。俺たちは車を降りてからまっすぐ睨み合った。
「俺を見せ物にしたいならあいにくだったな。俺はサムライにもニンジャにもならん。仮に一時そうなったとしても、俺は俺だ。未来永劫な」
「くっ」
 シュナイダーが唇を噛む。
 ホテルには選手など関係者やメディアが続々と集まり始めていた。俺がその夜どんな目にあったかは覚えていない。覚えていても言いたくない。
 ただ一つ、俺もシュナイダーも知らないでいた留守番のマリーの行動を、俺はずっとずっと後になって聞かされることになった。
「あの時、暇だったからカールのPCをいろいろいじってたのよねー」
 マリーは思い出しながらにっこりした。
「ハオリハカマって画像検索したら、いっぱいあってびっくりしちゃった。小さい男の子からおじいさんまで。で、見つけたのよ」
 その腕で俺にしがみつく。
「ゲンゾー、わざと黙ってたの? あの服、結婚式にも着るって。私、その画像や映像見てぼーっとなって。花嫁さんがあんまり綺麗で豪華なんだもの」
「……」
 何ですか、その圧。
 ちらりと見ると、マリーはしばらく黙り、そして思い切り笑顔を見せた。
「着られるわよね、私」
「――は、はい」
 祖父さんの羽織は、こうして再び出番が来ることになった。



ende
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