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『三杉先生、三杉先生、いらっしゃいましたら外来2番をお取りください』
 内線放送が流れ、ぱたぱたと院内シューズの軽い音が近付いた。点滅しているボタンを押して受話器を取る。
「…はい」
 ちょっと色の薄い長い髪が襟元で揺れた。相手の声に急いで応じる。
「中庭側ですね、すぐ行きます」
 武蔵野台総合クリニックの中庭は外来の訪問者からは一見わからない通路に向いている。つまり、人目に触れないのである。
「淳! なにその姿」
 思わず強い声が出た。外来棟の目立たない陰で、泥んこのスポーツウェアを身につけてすまなそうに顔を上げているのは…。
「いや、ゴメン。ここに来ちゃ悪いとは思ったんだが、つい興に乗って」
「ああもう! 泥だらけじゃない、髪にまでついてるわ」
「はは」
「ははじゃないの!」
 弥生はドアの外に出て三杉の腕を取るとよいしょと立たせた。
「また泥サッカーをしてたの? この雨の中で」
 通りかかった看護師が数人、ひそひそとこちらを見ている。
(誰、あれ)
(三杉先生のダンナさんよ)
「いい? ちゃんと泥を流してからよ」
「わかった」
 厳しい声が廊下を経由して処置室と隣り合った洗浄室に動いてゆく。
「ロッカーに着替えがありますからね!」
(一応この病院に在籍してるけど非常勤で、月に数回くらいらしいわ、勤務するの)
(えっ、先生なの、あれで?) 
 確かに、濡れそぼったウェア姿では、普段の三杉を想像することもできないだろう。
(見たことないんだけど)
(研究職だからじゃない? 臨床の三杉先生と違って)
 そうです。スポーツ外科の分野で国際的権威でいながら、時間のほとんどを実地研究という名目で後進指導トレーニングに没頭しているのだ。
「いや、助かったよ。ありがとう」
 やがて、髪を拭きながら三杉が現われた。スクリーンの向こう側で弥生が動いている後ろ姿が見える。
「ほんとに呆れるわね。そこに座ってて。熱いコーヒー入れるわ」
「キミ、今いいのかい?」
「大丈夫。今日のオペは明日に変更になったから」
 この病院の勤務医になって数年。弥生は多忙を極めている。外来の診察に午後のオペ。担当している患者からはしっかり頼りにされていた。
「大変な時にすまない。グラウンドから管理棟に行くよりここが近いもんだから」
「しかたないわね。一度始めたら見境がないんだから。中学の時より手がかかるわ」
 サッカー部マネージャーとして部の世話、そして何より三杉の世話でかかりっきりだった日々。高校では別々の学校となって病との闘いだけに費やした3年間。その裏で猛勉強に猛勉強を重ねて現役で医学部合格を決めたのだ。ただ三杉の背中を追うために。
「はい、どうぞ。これで温まって…」
「弥生、キミ」
 三杉は壁のスケジュール板を凝視していた。そのホワイトボードに書き込まれたマンスリースケジュールを。
「…来年、夏に3ヶ月の休職?」
 固まっていた三杉の表情が劇的に動いた。
「あ、あー」
 コーヒーの盆を置きながら弥生は苦笑した。
「先に見ちゃうなんて。今晩話すつもりだったのに」
「子供! できたんだね!」
 がばっと手を取る。
「やったあ!!」
 廊下にまで響く声だった。
「弥生、嬉しいよ!」
「うふふ、喜びすぎ」
 白衣の弥生をすっぽりと抱きしめてそのまま三杉は動かなかった。
「でも、喜ぶこともっとあるのよ」
「えっ?」
 三杉は顔を上げた。
「美子ちゃん、私より1ヶ月ほど早いんですって」
「…」
 いぶかしげな表情がすぐに笑顔に弾けた。
「ほんとに? ほんとなんだね!」
「ほんとよ。昨日、電話があったの」
 ホットラインである。こちらはすぐに夫婦で喜べないだけに。
「松山くんに伝えられないから、私に相談があったのよ」
「ああもう」
 三杉は天井を仰いだ。
 どこで何をしているのか知りようがない松山を思うと頭痛が起きそうだった。1年のうちせいぜい2ヶ月ほどしか日本にいないのだ。北極圏にいるのかアマゾンの奥地にいるのかさえ。
「わかった」
 一息おいて、三杉は拳を固めた。
「全身全霊をかけて、どんな手を使ってでも、彼の居場所を特定してみせる!」
「淳?」
 その勢いに弥生は目を丸くした。
「この喜びを僕一人で抱えるなんてことは許さない!」
「なんなのそれ」
 大の男が二人して舞い踊るつもりなのか。
「それはそうと」
 弥生は腰を下ろした。
「美子ちゃんが言ってたんだけど」
 少々ため息混じりになる。
「昨日、病院から帰ってきたら、ちょうどそこに届いたんですって。大きな生の鯛が」
「え?」
「私、その電話をもらって自分も心当たりがあって今朝いちばんに調べてもらったわけだけど」
「うん」
「自分の部屋に戻ったら届いてたの。鯛が」
「…」
 沈黙。そして二人で顔を見合わせる。
「考えたくはないが」
 たっぷり間を置いて三杉は声を落とした。
「松山の居場所、代わりに探してもらったほうがいいかもしれないな」
「まさかね」
「ああ、まさかと思いたい」
 二人の願望はその夜一緒に帰宅した自宅に、どうやって入ったのか弥生の義母、そして三杉の実母がもう一匹の鯛を前ににっこりしていたことで消えた。
 秘境と言われる荒々しい岩山の上で、テントの中に一人いた松山に頭上から一つの包みが――生の鯛が落ちてきたことは、まだこの時点では彼らは知ることはなかったのだが。


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